研究紹介

遺伝子発現から目に見える生命現象までを結ぶ過程を分子レベルで解析したいと考えています。即ち、「目に見える面白い生命現象」を分子の機能から理解する研究です。そのため、実験系・研究材料・研究手法を限定しないで解析すると云う主義で教育と研究を行っています。しかし、実際に行う研究には制約があるため、現在の課題は以下です。

  1. 脊椎動物を対象とした味覚の分子機構の解析
  2. ショウジョウバエを対象としたカルパインの生理機能の解析

1. 脊椎動物を対象とした味覚の分子機構の解析 インデックスに戻る

味覚は、あらゆる動物が生きていく上で重要な外部感覚です。また、脊椎動物では、学習や記憶、行動という高次脳機能の入力に相当する重要な生物過程を含んでいます。化学物質を感知する嗅覚と味覚は、ヒトにおいては感覚系の中で視覚・聴覚に比較して補助的な情報源となっていて、記号化レベルは低い感覚であるといえます。しかしその分、原初的であり、生物における情報処理システムを理解するために最適な系の一つであると言えるのです。

1-1. 味蕾細胞の分化・成熟過程の分子機構の解明

脊椎動物においては、味物質は「味蕾(みらい)」と呼ばれる特別な組織で受容されます。哺乳類では、味蕾は口腔内に限定して分布し、主に舌上の茸状乳頭・葉状乳頭・有郭乳頭という構造の中に見られます。一つの味蕾は、50~100個程度の細胞(味蕾細胞)で構成されるとても小さな組織です。しかし、一つの味蕾には様々な細胞が含まれ、実際に味を感じている細胞(味覚受容細胞)はその一部であることが分かっています。また、味蕾細胞全体の平均寿命は約10日であり、増殖が盛んな前駆細胞から分裂し分化した細胞と次々に置き換わっています。また、この寿命も一様ではなく、例えば、味覚受容細胞は他の味蕾細胞よりも寿命が長く一ヶ月程度生存する細胞もあります。このように、細胞の機能や細胞齢の面で多様であり細胞学的に構成が複雑である味蕾では、分化・成熟過程の解析を行うことがこれまで非常に困難でした。そこで、味蕾細胞の分化・成熟過程の分子機構を解明するために、私達は転写因子の機能に着目して、時間という切り口でアプローチしています。また、実際に味を感じている味覚受容細胞個々の網羅的遺伝子発現プロフィールからも、味覚受容細胞の正常を解明する予定です。

図: ラットの味蕾と味蕾細胞の進入・分化・成熟過程

1-2. 味覚受容細胞から味神経への情報伝達の解明

味蕾で受容する味物質は、5種類の基本味(甘味・旨味・苦味・塩味・酸味)に分けられます。甘味、旨味、苦味に関しては、味物質の受容とその下流の伝達系(味覚シグナル伝達)について、近年の研究成果から以下のことが解明されてきました。味蕾細胞の先端部にある微絨毛に発現しているGタンパク質共役7回膜貫通型受容体(GPCR)に味物質は結合すること、また受容体の下流の味覚シグナル伝達はカルシウムシグナリングが主要経路であることが分かっています。酸味・塩味に関しては詳しく分かっていませんが、最近、酸味の受容体としてイオンチャネルが同定され、甘味・旨味・苦味とは異なる方法で味の受容と伝達を行っていると考えられています。また、甘味・旨味・苦味を受容する味覚受容細胞は一次神経である味神経とシナプスを形成していないこと、また酸味を受容する細胞は味神経とシナプスを形成している細胞であることが、近年分かってきました。そこで私達は、甘味・旨味・苦味の一次情報をどのようにして味神経に伝達するのかを、味覚受容細胞を起点として解析しています。

2. ショウジョウバエを対象としたカルパインの生理機能の解析 インデックスに戻る

組織普遍的カルパインは細胞質にあるカルシウム依存性プロテアーゼで、脊椎動物やショウジョウバエでは複数の分子種がすべての細胞に発現しています。哺乳類には、さらに組織特異的カルパインがあり、合わせてカルパインファミリーと呼ばれています。組織特異的カルパインには、ある種の筋ジストロフィーの原因遺伝子やII型糖尿病のリスクファクターが含まれています。しかし、カルパインの作用や機能の全貌が明確でないため、個々の分子やファミリー全体の生理機能の全容はつかめていません。細胞骨格・細胞死・細胞周期・神経機能などに関わっている多くの状況証拠はありますが、決め手は得られていません。この問題を本質的に解決するため、ショウジョウバエの組織普遍的カルパインを材料として解析しています。

2-1.組織普遍的カルパインの機能欠失実験系の確立と解析

ショウジョウバエには2つの組織普遍的カルパインがあります。Pエレメント挿入による遺伝子機能破壊株やRNAiを用いた実験系を利用することで組織普遍的カルパインの細胞・組織・個体レベルでの機能を基質分子の機能と共に解明したいと考えています。また、このような研究から、カルパインが素因となる病気やその病態や病理の理解につなげたいと考えています。

2-2. カルパインの内在性阻害タンパク質(カルパスタチン)の解析

カルパスタチンは脊椎動物で知られるカルパインの内在性の阻害タンパク質で、カルパイン活性を細胞内で制御しています。しかし、ショウジョウバエではカルパスタチンをコードする遺伝子は未知で、全ゲノム配列からも遺伝子を推定することは出来ていません。そこで、タンパク質精製から始めて遺伝子を得、その構造を決定して、カルパイン活性制御系を解明したいと考えています。

図: カルパインの多様な機能とショウジョウバエ初期胚における発現