東京大学グローバルCOE『統合生命学』特別セミナー
東京大学 大学院理学系研究科 生物化専攻セミナー
演者:笠原 和起 博士
   理化学研究所 脳科学総合研究センター 精神疾患動態研究チーム 副チームリーダー
演題:実験用マウスは飼育舎の中で独自の進化を遂げてメラトニンを作らないようになった
日時:平成22年6月4日(金)15:00〜16:30
場所:東京大学理学部3号館4階416号室

メラトニンは松果体において生合成されるホルモンであり、概日リズムや季節性繁殖応答の調節にかかわっていると考えられている。不思議なことに、実験用マウスの多くの系統がメラトニンを合成しない。さらに奇妙なことに、メラトニン合成系の最終酵素HIOMT(hydroxyindole O-methyltransferase)をコードする遺伝子が、ゲノム解読プロジェクトの完了宣言後でもマウスからは見つかっていなかった。我々は、ラットHIOMTの配列をヒントに、メラトニンを作るマウス系統C3H/HeからHiomt cDNAをクローニングすることに成功した。メラトニンを作れないC57BL/6系統にもHiomt遺伝子は存在し、アミノ酸置換を伴う点変異が2ヶ所存在していた。どちらの変異とも、酵素の発現を強く抑制した。FISH解析の結果、Hiomt遺伝子が性染色体の偽常染色体領域(PAR)に存在することを見出した。PARは組換え頻度が平均的な染色体領域よりも約100倍高いため、変異が生じやすい。このことが、実験用マウスの多くがHIOMT活性を失った原因のゲノム科学的な説明になろう。Hiomtの変異が飼育舎内のコロニーに固定された生理学的な(飼育者にとっては経営学的な)要因について調べたところ、メラトニンが作れないマウスでは精巣の発達が早くなることがわかった。数多くの系統のHiomt遺伝子を調べた結果からも、Hiomtの変異の固定が偶然のドリフトに起因する可能性は低く、次世代を早く誕生させる独自の進化が人間によって長年飼育された過程に起きたと推測された。

Kasahara T, Abe K, Mekada K, Yoshiki A, Kato T. (2010) Genetic variation of melatonin productivity in laboratory mice under domestication. PNAS 107, 6412-6417.

世話人:理学系研究科 深田 吉孝