English Home

カルシウムによる体内時計の調節メカニズムの解明
〜概日時計の新規酵素CaMKIIの同定と体内時計リセット薬剤の発見〜

Genes Dev., 28, 1101-1110 (2014)

研究概要:

 

 深田 吉孝教授と金 尚宏 (コン ナオヒロ)博士は北海道大学の本間 研一教授、本間 さと教授、吉川 朋子助教および生理学研究所の山肩 葉子助教との共同研究より、哺乳類の概日時計に関わる新たな酵素CaMKII (Ca2+/CaM-dependent protein kinase II) を同定し、カルシウムイオン(Ca2+) 依存的なこの酵素活性によって一日の活動時間が一定に保たれていることを明らかにしました。また本研究ではCaMKII阻害剤によって概日時計の位相(時刻)がリセットされることを見出しました。これらの成果は睡眠障害などの概日リズム異常を伴う双極性障害やアルツハイマー型認知症などの疾患に対する新しい治療法の開発に役立つと期待されます。
 哺乳類の行動リズムは脳(視床下部)の視交叉上核に存在する体内時計によって制御されています。この時計は、概ね一日で一サイクルするので概日時計とも呼ばれます。研究チームは細胞内情報伝達に重要なCa2+シグナルによって活性化されるCaMKIIというリン酸化酵素のキナーゼ活性を欠損したマウスを解析したところ、マウスの一日の活動時間帯がどんどん延長し、本来夜行性のマウスが昼間になっても活動を続ける重篤なリズム障害を示すことを見いだしました。ヒトに例えると、日を追って夜更かしがひどくなって活動時間が延び、睡眠時間が短縮することに対応します。さらに脳内の神経を詳しく解析した結果、CaMKII活性が阻害されると視交叉上核の左右一対の神経の同調が崩れ、活動時間を一定に保てなくなることが分かりました。また、CaMKII活性は概日時計の正しい時刻決定に重要であることを突き止め、この原理を利用してCaMKII阻害剤により概日時計の時刻をリセットできることを示しました。

研究内容:

<研究の背景と経緯>
 生物の約一日周期の生理リズムは概日時計と呼ばれる体内時計によって制御されています。睡眠障害に代表される概日リズム障害は、様々な精神疾患と密接に関わっています。また、看護士などのシフトワーク勤務による概日リズムの乱れは、癌やメタボリックシンドロームのリスクファクターとなるという臨床データも報告されています。このような背景から、「体内時計」の性質に対する国民の関心は高まり、それを制御する薬剤開発といった期待が大きくなっています。  私たち哺乳類の行動リズムは脳の視床下部に存在する視交叉上核(注1)という左右一対の神経核で制御されています。視交叉上核の中では多数の時計神経細胞が互いにコミュニケーションすることにより、左右の神経核の時刻が同調しています。視交叉上核には朝の行動を制御する時計(朝時計)と夜の行動を制御する時計(夜時計)が存在し、これら二つの脳内時計が同調することによって一日の活動時間帯が一定に保たれています。しかしながら、これら二つの時計がどういったメカニズムでコミュニケーションを取って同調しているのかは全く不明でした。

<研究の結果>
 研究チームは細胞内情報伝達に重要なCa2+シグナルの媒介因子であるCaMKII(注2)という酵素に着目し、CaMKIIαの酵素活性を欠損した変異マウスCaMKIIα-K42R変異マウスの解析を行いました。マウスの概日時計を測定する方法として、回転輪を回す行動リズム解析がよく用いられます。恒暗条件下で飼育すると、マウスは自身の体内時計の周期に従った行動リズムを示すようになります。本研究で用いた系統の野生型マウスは24時間よりも少し短い周期を示すのに対し、CaMKIIα変異マウスは24時間よりもやや長い異常な周期を示すことが分かりました(図1)。また、この変異マウスでは行動の始まりから終わりまでの間隔(活動時間)が日に日に延長してゆき、ついにはリズムが消失するという顕著なリズム異常を示しました。すなわち、CaMKIIαの酵素活性が欠損すると朝時計と夜時計の同調が破綻し、一日の活動時間を一定に保つことができず、重篤なリズム障害に陥ることが分かりました。



 このような行動リズム障害を示すマウスの脳内ではどのようなことが起きているのかを調べるために、このマウスの脳切片を用いて視交叉上核のニューロンの概日時計を解析しました(図2)。概日時計を構成する分子の一つであるPER2タンパク質に発光ルシフェラーゼを連結したレポーターの発光リズムを連続して測定することにより、一つのニューロンのリズムを約24時間周期で繰り返すPER2の増減リズムとして記録することができます。図2に示すように、CaMKIIα変異マウスでは視交叉上核の概日時計の振動の強さ(波形の振幅)が減弱していることがわかりました。また、CaMKIIα変異マウス由来の視交叉上核の右核と左核を比較すると、発光リズムを計測して6日目あたりから左右核のリズム同調が破綻していくことが分かりました。これらの結果から、CaMKIIαは視交叉上核の左右核の同調させる役割を担い、朝時計と夜時計のコミュニケーションを媒介する分子であることが明らかとなりました。

 さらに解析を進めたところ、CaMKIIは時計細胞の同調因子として機能するだけでなく、一つの細胞(ニューロン)が約24時間という時を刻む時計機能そのものに必須であることがわかりました。CaMKIIは概日時計の発振メカニズムの中心的な因子であるbHLH型転写因子CLOCKのリン酸化を促し、パートナーであるbHLH型転写因子BMAL1との二量体化を促進することによって、E-boxと呼ばれるDNA配列を持つ遺伝子の発現を活性化することが分かりました。また、CaMKIIの酵素活性レベルは視交叉上核において朝に高く夜に低いという概日リズムを示しますが、その活性レベルが概日時計の時刻決定に重要であることが分かりました。この原理を利用して、薬剤によって細胞のCaMKIIの活性レベルを抑制すると、概日時計の時刻がリセットされることが分かりました(図3)。

<今後の展開と応用への期待>
 本研究は、概日時計の新規因子としてCaMKIIという酵素を同定し、そのCa2+依存的な酵素活性が行動リズムの形成や一日の活動時間を一定に保つことに重要である事を突き止めました。双極性障害やアルツハイマー型認知症の患者に見られるような概日リズムの異常がCaMKII変異マウスにおいても観察されたことは、これらの精神疾患の原因の少なくとも一部が本酵素の異常による可能性を示唆し、今後の病因の理解と治療法の開発に役立つと考えられます。また重要な点として、これまで知られていた概日時計に関わる分子のほとんどは分子活性に影響を与える薬剤の取得が難しかったのに対し、CaMKIIは薬剤開発の標的タンパク質となりうる分子であり、実際にいくつかの阻害剤がすでに開発されています。本研究ではCaMKII阻害剤が概日時計をリセットするという興味深い薬理作用を示す事を見いだしました。近年、不規則な生活リズムを送ることによってもたらされる概日リズムの乱れが、精神疾患をはじめ様々な病態の原因となることが次々に報告されています。精神神経疾患をはじめ代謝や循環器疾患、癌などにおいて、Ca2+の動態やCaMKII活性の制御に基づいた概日リズム治療という新しい治療方法が今後期待できます。