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本研究の内容の詳細は「ライフサイエンス新着論文レビュー」でご覧になれます。


マウス活動リズムを支配する体内時計のF-boxタンパク質による制御機構

(Cell, 152, 1106-18, 2013)

 平野有沙さん(博士課程3年)は、哺乳類の概日時計(サーカディアンクロック)中枢において中心的な役割を果たすCRYタンパク質(CRY1・CRY2)が、12時間かけて蓄積し12時間をかけて崩壊する制御機構を発見しました。このことを通して概日時計が安定に維持される分子的な仕組みを明らかにしました。概日時計が非常に安定に維持される分子的な仕組みを明らかにした本研究は、概日リズムの異常がもたらす睡眠障害やメタボリックシンドロームなどの疾患の予防に役立つと期待されます。なお本研究は、我々と九州大学 生体防御医研 の中山敬一教授と東大医科研の尾山大明准教授との共同研究による成果です。

 生物の体内時計である概日時計は、およそ24時間の周期で振動し、生物の睡眠・覚醒リズムやホルモン分泌リズムなどを産み出します。この時計機構は、複数の時計タンパク質が、一日を通して増減を繰り返すことにより駆動されます。その中でも分子時計の中枢として働くCRYタンパク質がどのように蓄積して増加し、どのように減少して一日のサイクルを終えるのかを理解することが重要な課題でした(図1)。これまで、CRYはFBXL3と呼ばれるF-boxタンパク質(注1)によってユビキチン化修飾(注2)を受けて分解されることが報告されていました。しかしながら、CRYの減少に関与する分解の調節だけでは、CRYタンパク質量のアップダウンリズムの全てを説明することはできませんでした。
 本研究では、百種類近くも存在するF-boxタンパク質の中で、FBXL3と最も近縁で構造が非常に似ているFBXL21がCRYをユビキチン化修飾すること、しかし驚くべき事に、このユビキチン化はCRY1・CRY2を安定化することを見出しました(図2)。一般的に、ユビキチン化されたタンパク質は分解される例が圧倒的に多く、我々が見つけた安定化機構はとてもまれな制御です。これらのF-boxタンパク質の時計発振における機能を明らかにするために、FBXL3とFBXL21の遺伝子欠損マウスを用いてマウスの行動リズム解析を行いました。野生型のマウスでは、脳内の概日時計がとても安定に時を刻み続けるので、連続暗の(一定の)環境条件においても固有の周期(約23.5時間)の行動リズムが何十日も安定に継続します。しかし、FBXL3とFBXL21を欠損した変異マウスでは、恒暗条件において徐々に行動リズムが不安定になり、最終的にはリズムが消失し、一日を通して行動と休息をランダムに繰り返すことを見出しました(図3)。本来であれば、長い期間にわたって振動を維持できる強さ(ロバストネス)を備えた概日時計が、このマウスでは極めてもろくなっていることを意味します。FBXL3とFBXL21は、それぞれ核内と細胞質に存在し、両者は一日の異なる時間帯に、互いに異なる細胞内の場所でCRYタンパク質に作用している事がわかります。CRYタンパク質は、昼の時間帯のタンパク質が増加するタイミングではFBXL21による安定化制御を受けて蓄積し、夜になるとFBXL3による分解制御を受けて減少する、というタンパク質のダイナミクスを生み出す作動原理を解明しました(図5)。さらに、このタンパク質リズムの形成が概日時計の発振の維持に必須であることを明らかにしました。

 近年、不規則な生活や睡眠不足の生活を送ることによる体内時計の乱れが、様々な疾患の原因となることが次々に報告されています。また、老化とともに概日時計の振動が弱くなるという報告もあります。さらに、CRYは概日時計の制御の他にも、糖代謝に関与する遺伝子の発現を調節するという新しい機能があることがわかってきており、CRYタンパク質の異常は糖尿病や高血圧の原因となることも報告されています。CRYのタンパク質レベルの制御メカニズムの全貌を明らかにした本研究は、概日リズムの乱れからもたらされる疾患のみならず、糖尿病や高血圧などの極めてメジャーな疾患の治療への応用が期待されます。



図1 CRYタンパク質の発現リズム


図2 FBXL21によるCRY1タンパク質の安定化
 CRYの合成→蓄積→DNA上で時計遺伝子の発現調節→分解という一連のプロセスが、概日時計が振動する分子メカニズムだと考えられています(上図)。そのため、CRYタンパク質は一日を通してタンパク質量が大きく増減を繰り返します(下図)。我々は、このような時計タンパク質のダイナミックな日周変動を生み出す分子メカニズムを解明しました。  培養細胞にFBXL3タンパク質を発現させると、CRY1タンパク質の分解が促進されてCRY1の量が減ります(レーン2)。一方、FBXL21タンパク質を発現させることによってCRY1のタンパク質量は2.5倍に増加し、CRY1タンパク質が安定化されたことがわかります(レーン3)。




図3 FBXL3/FBXL21欠損マウスの輪回し行動リズム


図4 FBXL3とFBXL21の細胞内局在
 マウスの輪回し行動リズムを数週間にわたって測定しました。横軸に2日間分のマウス輪回し行動をプロットしています。野生型マウスでは、恒暗条件下でも長い期間にわたって約24時間周期の行動リズムを維持します(左上)。しかし、FBXL3欠損マウスでは、とても長い周期(約28時間)の行動リズムを示しました(右上)。一方、FBXL3とFBXL21の二重欠損マウスでは、FBXL3単独欠損マウスの異常な長周期性が大きく緩和されました(周期:約25時間)。さらに、FBXL3とFBXL21の二重欠損マウスの一部は、恒暗条件下にしてから時間が経つと、行動リズムが失われることがわかりました(右下)。  2つのF-boxタンパク質のうち、FBXL3だけが核移行シグナルをもつことを見出しました。細胞内のFBXL3とFBXL21の局在を調べたところ、FBXL3は、ほぼ核に存在するのに対し、FBXL21は細胞質にかなり多く存在していました。




図5 CRYのタンパク質リズムの形成メカニズム
 昼に合成されたCRYタンパク質は、細胞質でFBXL21によるユビキチン化修飾を受けて安定化し、12時間かけてゆっくりと蓄積します。夜になるとCRYは核の中で時計遺伝子の発現を調節する、という役割を終え、FBXL3によって分解されて減少します。このような2つのF-boxタンパク質による逆向きの拮抗作用によって、CRYタンパク質のダイナミクスが生み出されます。このタンパク質ダイナミクスが、概日時計が安定して振動するために必要であることを示しました。

<用語解説>
(注1)F-boxタンパク質
 ユビキチンをタンパク質に結合するために必要なユビキチンリガーゼのサブユニットのひとつです。ほ乳類には100種類近くのF-boxタンパク質があり、すべてF-boxドメインを持ちます。F-boxドメイン以外の領域は酵素の標的タンパク質(修飾を受けるタンパク質、基質ともいう)との結合に使用されます。そのため、基質の特異性を決定する重要なタンパク質であると考えられています。

(注2)ユビキチン化修飾
 ユビキチンは酵母からヒトまで高度に保存された76アミノ酸からなる小さなタンパク質です。ユビキチンは標的タンパク質のリジン残基に結合することによってタンパク質を修飾します。ユビキチン化修飾はユビキチン化酵素(E1:ユビキチン活性化酵素, E2:ユビキチン結合酵素, E3ユビキチンリガーゼ)の一連の酵素反応により起こります。さらに、標的タンパク質に結合したユビキチンに新しいユビキチン分子が結合することによって、ユビキチンの鎖が形成されます。この鎖の種類によって標的タンパク質の分解や細胞内の分布などが制御されます。